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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(う)47号 判決

被告人 藤澤元明

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中三六〇日を右刑に算入する。

原審及び当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福井地方検察庁検察官検事辻本俊彦の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)並びに同第二点(法令の解釈適用の誤りの主張)について

所論は要するに、原判決が、本件昭和四四年一二月二〇日付起訴状記載の公訴事実中第二の逃走の事実について無罪の言渡しをしたのは、第一に、被告人は逃走に至るまで強姦致傷等被疑事件の被疑者として鑑定留置に付されていたものであるが、その間、収容施設及び監視状況のいずれの面から見ても勾留と同一程度の拘禁状態に置かれていたのに、これをそうでなかつたと認定した点で事実を誤認したものであり、第二に、本来鑑定留置中の者は勾留と同一程度の拘禁状態に置かるべきものであり、本件の如く勾留から鑑定留置に移行した場合には、現実の拘禁状態の緩厳如何に拘らず、その者を刑法九七条所定の「未決の囚人」と認めるに何ら欠けるところはないのに、これを、その者が現実にかかる厳重な拘禁状態に置かれていることが要件であると解し、本件逃走行為に対し刑法九七条を適用しなかつた点で同法条の解釈適用を誤つたものであり、右の事実誤認並びに法令の解釈適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないというにある。

よつて審按するに、勾留中の被疑者が鑑定留置状の執行により出監せしめられ、病院等に留置された場合において、身柄が現実に勾留に準ずる程度の拘禁状態に置かれているものと認められる限り、その者は刑法九七条にいわゆる「未決の囚人」に該当するものというべきである。これを詳言すれば、刑法九七条にいわゆる「未決の囚人」の中には、同法条が国家の刑事司法に関する拘禁作用を保護法益とする趣旨にかんがみ、勾留状の執行により現に在監中の被疑者または被告人のみならず、監獄における拘禁の延長と認むべき状態におかれた者(例えば、移監のため護送中の者)をも包含するものと解せられるところ、勾留中の被疑者が鑑定のため病院等に留置される場合には、特段の事情がない限り、逃亡や罪証の隠滅を防止すべき必要は依然存続しており、したがつて、身柄が現実に拘禁状態に置かれているものと認められる限り、その者は右にいわゆる監獄における拘禁の延長と認むべき状態に置かれた者というべく、「未決の囚人」に該当するものと解するのが相当である。このことは、鑑定留置はもともと一種の拘禁であるうえに、必要があるときは、裁判所は司法警察職員に被告人(以下に掲げる二箇条は刑訴法二二四条二項により被疑者に準用される)の看守を命ずることができ(同法一六七条三項)、勾留に関する規定は、原則として鑑定留置について準用され(同条五項)、鑑定留置は、未決勾留日数の算入については、勾留とみなされる(同条六項)等、鑑定留置が勾留と類似した性質を持つものとして規定されていることからしても首肯し得る。もつとも、勾留中の被告人に対し鑑定留置状が執行されたときは、その留置期間中は勾留の執行を停止されたものとされるが(同法一六七条の二・一項)、これは鑑定留置が長期間に亘り、勾留期間の制限を遵守することの困難となる場合のあることに対処するための規定であるから、かく解することの妨げとはならない。ところで、勾留中の被疑者が鑑定留置に付される場合につき、上述のような理由からこれを「未決の囚人」に包含されるべきものとするならば、ここにいう拘禁状態とは、必ずしも監獄におけるそれと同一程度に厳重な態様のものに限られるものとなすべきではなく、身柄が看守者の実力的支配下に置かれており、かつ通常の手段、方法をもつてしては脱出することの不可能な場所に収容されているものと認められる場合には、監獄における拘禁に比し或程度緩やかなものであつたとしても、これに準ずるものとして、その中に包含されると解するのを相当とする。けだし、かかる場合につき逃走罪の成立を否定すべき理由は見出だせないからである。

ところで、本件においてこれを考察するに、原審及び当審において取調べた関係各証拠を綜合すると、左記一ないし七の事実を認め得る。

一、被告人の身柄の収容

被告人は、強姦致傷等被疑事件の被疑者として、昭和四四年九月二六日から勾留中のところ、福井地方裁判所裁判官が同年一〇月九日発した鑑定留置状の執行により、同月一三日から福井市四ツ井本町一三の二六所在福井県立精神病院第二病棟に収容された。

二、福井県立精神病院の概況

本件福井県立精神病院の施設を鳥瞰すると、敷地内の南端寄り中央附近に東西に延びる管理棟があり、これを基準として北方へ第一、第二、第三病棟が順次中庭を隔てて並列に建つている。そして右各棟の東西両端にはこれらを連絡する渡り廊下(屋根の高さはほぼ右各棟と同じく、両側面には壁がある)が南北方向に設けられている。さらに、西側渡り廊下のその西側には診療棟、第五、第六、第七病棟等があり、東側渡り廊下のその東側にはレクリエーシヨン・センター、看護寄宿舎、第八病棟等がある。したがつて、第二病棟は本病院全体のほぼ中央に位置している。

なお、東側渡り廊下のその東側の敷地及び管理棟の南側の敷地から院外に通ずるのは、障壁等もなく容易である。

三、第二病棟の状況

第二病棟は、本件病院内でも、新たに入院した患者や興奮性の強い患者を収容すべきところとされている。その形状は東西方向に長く、東西両端には前記各渡り廊下に接続する出入口が設けられているが、施錠されており、これより病棟外に出ることは出来ない。また、同病棟の南北両側面の窓に格子等はなく、施錠もされていないから、これより南北両側の中庭に出ることは困難でない。さらに、その南側ほぼ中央附近には中庭に通ずる非常口が設けられており、その扉は昼間の看護人の逃走防止のための監視が行届く一定の時間帯には開かれている。

四、第二病棟周辺の状況

まず、第二病棟北側の中庭から東西の渡り廊下に接続する扉はいずれも常時施錠されているから、これから外部に出ることはできず、その中庭の北側の第三病棟へは、南側の窓あるいは非常口により入ることができるが、同病棟の東西の出入口の扉は第二病棟同様施錠されており、また第三病棟北側の窓には鉄格子が嵌込まれているので、結局同病棟より外部に出ることは不可能である。次に、第二病棟南側の中庭から東西の渡り廊下に通ずる出入口の扉は常時施錠されているから、これから外部に出ることはできず、その中庭の南側の第一病棟へは北側の窓から入ることはできるが、同病棟内の東西の出入口の扉は施錠されているから同所から外部に出ることはできず、また同病棟南側の窓あるいは非常口からさらにその南側の中庭に出ることはできるが、この中庭の東西の渡り廊下に接続する出入口も施錠されているから、同所から外部に出ることはできない。そして、その中庭の南側の管理棟は、北側の大部分の窓に鉄あるいは木製の格子が嵌込まれており、格子のない窓にも内側から施錠されており、その内部の各部屋は南の廊下側からさらに施錠されている。

五、第二病棟における監視の状況

第二病棟は、被告人が収容されていた当時、被告人を含め四七名の患者が収容されていたが、同病棟の看護人は合計一二名で、午前八時三〇分から午後四時三〇分までの日勤には七名、午後四時三〇分から午前零時三〇分までの準夜勤及び午前零時三〇分から午前八時三〇分までの深夜勤には二名が各配置され、少なくとも一名は常時病棟において患者に対する医療、監視等の任に当り、その逃走防止に努めることが重要な任務の一つとなつていた。なお精神衛生法三九条によれば、病院の管理者は、所定の患者については、無断退去し行方不明になつた場合において、所轄警察署長に連絡してその探索を求めなければならない義務を負担しているが、右第二病棟は同所定の患者をも収容する病棟であることが窺われる。

六、第二病棟内から院外へ脱出する方途

以上に認定したところから明らかなとおり、第二病棟に収容された患者は、看護人による監視を受けているうえ、建物により囲繞された場所に収容されているから、院外に脱出するためには、まず看護人の監視を免れることが必要であるが、その他に扉、窓、あるいはその施錠等の設備を損壊するか、さもなければ屋根に攀登つてこれを越える必要があり、これなくして通常の手段、方法により脱出を遂げることは不可能な状況にある。

七、被告人の逃走の状況

被告人は、前記準夜勤の時間帯に、たまたま看護人の監視が手薄となつたのに乗じて、第二病棟南側の中庭から、同病棟南側の東側渡り廊下に直近の窓に設けられていた横桟を利用して、右渡り廊下(庇までの高さがほぼ三メートル)の屋根に攀登り、屋根伝いにその東側の敷地に飛下りて院外に脱出した。

そこで、右に認定した諸事実を、前記説示したところに照せば、被告人は、勾留と同一程度とまでは言えないとしても、少くともこれに準ずる程度の拘禁状態に置かれていたものと認めることができるから、本件逃走当時「未決の囚人」であつたというに妨げがなく、これを離脱した行為は逃走罪を構成すると解せざるを得ない。

されば、右と異なる認定と判断に基く原判決は、事実を誤認し、ひいて法令の解釈、適用を誤つたものといわねばならず、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。

ところで、原判決は本件各公訴事実につき併合罪として一個の判決をなしたものであるから、全部破棄を免れない。よつて、その余の控訴趣意についての判断を省略して刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条に則り原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書により当審において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  公安委員会の運転免許をうけないで、昭和四四年九月一三日午後五時三〇分ころ、福井県今立郡池田町広瀬五四の三の一地内県道上において、小型乗用自動車(福井五は一七―六〇号)を運転し

第二  同日午後六時三〇分ころ、顔見知りの人妻甲野乙子(当時二六年)を自己の運転する普通乗用自動車(福井五は一七―六〇号)に同乗させ、福井県今立郡池田町魚見外回地籍の山道を走行中、同女を強姦しようと企て、身の危険を感じた同女が車外に飛び降りるや、これを追いかけ、同所山道西側山林内で同女を仰向けに倒してその上にのしかかり、その反抗を抑圧して同女を強いて姦淫しようとしたが、たまたま通行人が来たため断念し、再び同女を右乗用車の助手席に乗せて約四〇〇メートル南方の同町魚見善面平地籍山中の砂利置場に赴き、同所に同車を駐車させて、その後部座席において同女を全裸にしてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫し

第三  強姦致傷等被疑事件の被疑者として、同月二六日から福井刑務所等において未決勾留中、精神鑑定のため、福井地方裁判所裁判官の発した鑑定留置状により同年一〇月一三日から福井市四ツ居町一三の二六番地所在福井県立精神病院第二病棟に留置されていたが、同月一九日午後五時四〇分ころ、同病棟南側非常口から中庭を経て東側渡り廊下の屋根に登り、屋根伝いに同病院東側敷地外に脱出して逃走したものである。

(証拠の標目)(略)

(心神耗弱の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が本件強姦(訴因は強姦致傷)の犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張するので判断するに、医師猪原清作成の鑑定書並びに同人の原審公判廷における供述記載、医師石井翼作成の報告書、同中村覚部作成の回答書及び長山泰政作成の鑑定書を綜合すると、被告人は、右犯行当時軽躁状態にあつたとはいえ、事理弁識の能力が著しく滅弱していなかつたことが明らかであるから、右主張は採用の限りでない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、同第二の所為は包括して刑法一七七条前段に、同第三の所為は同法九七条にそれぞれ該当するところ、右第一の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中三六〇日を右の刑に算入し、原審および当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(強姦致傷の訴因に対し強姦を認めるに止めた理由)

検察官は判示第二の強姦の際「同女に約一週間の加療を要する背部、臀部、左肘関節部、左肩部の打撲擦過傷を負わせた」と主張するので判断するに、判示第二の事実についての前掲各証拠、医師林一彦作成の診断書及び検察官安村弘作成の電話聴取書によると、右犯行後、甲野乙子が右の傷害を負つていた事実は認められるが、他方これらの負傷が右強姦罪の実行行為あるいはこれに随伴する行為より生じたものである事実は、本件全証拠によるもこれを確認するに不十分であるといわねばならない。

したがつて、強姦を認定するに止める次第である。

よつて主文のとおり判決する。

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